日本をよくする会全国協議会
日本人として忘れてはならない大切な日
日本は、神話からか現代にまで続く世界で一番古い立憲君主国です。皇紀2686年。悠久の歴史の中で、建国のために多くの先人の知徳と犠牲の上に今があることに思いをいたし、その御恩に感謝・報恩していくことが大切です。
その一つとして、先人の建国の歴史に学び、後世に正しく伝えていくことが現代に生きる私たちの使命であると思います。下記の30項目は、日本国の成り立ちと特に近現代史の中で、日本人として忘れてはならない日をテーマに掲載しました。
1月
1月2日 新年一般参賀(年中行事)
天皇陛下ほか皇族の方々が、皇居宮殿の長和殿(ちょうわでん)ベランダで国民の参賀に応える。
1月8日 「平成」改元の日
新しい元号「平成」が始まった日。1989年(昭和64年)1月7日の昭和天皇の崩御をうけて、皇太子であ
った明仁(あきひと)親王(現:上皇)が新天皇に即位された。それと共に元号が「平成」と決定した。
1月14日 尖閣諸島開拓の日
2010年(平成22年)12月、石垣市は日本政府が1895年(明治28年)に尖閣諸島の領土編入を閣議決定
した1月14日を「尖閣諸島 開拓の日」と定める条例を制定し、この条例の制定を記念して、2011年(平成
23年)、 2012年(平成24年)の2年度にわたって「尖閣諸島開拓の歴史と自然展」を開催しました。
1月27日 国旗制定記念日
1870年(明治3年)のこの日(旧暦)、明治政府が日の丸を国旗とする太政官布告の商船規則により、国
旗のデザインと規格を示した。
2月
2月7日 北方領土の日
1981年(昭和56年)、日本政府が北方領土の返還運動の推進と、国民の関心と理解を深めることを目的
に閣議決定にて制定。北方領土は現在ロシア連邦が実効支配している国後島・択捉島・歯舞諸島・色丹島
の4島を指し、記念日の日付は日本(江戸幕府)とロシア(帝政ロシア)で最初に国境の取り決めを行っ
た、1855年(安政元年)の「日露和親条約」の締結日(新暦)に由来する。
2月22日 竹島の日(島根県)
2005年(平成17年)3月16日の島根県の定例県議会で記念日を定める条例が制定された。1905年(明治
38年)のこの日、日本政府が日本海上の無人島・竹島を島根県の所管とする旨を公示した。島根県に編入
されて100周年になることを記念したもの。
3月
3月10日 東京都平和の日・東京大空襲
東京都が1990年(平成2年)7月に「東京都平和の日条例」で制定。1945年(昭和20年)3月10日深夜0時
8分、東京でアメリカ軍B29爆撃機344機による焼夷弾を用いた大空襲が行われた。東京は一夜にして至る
所が焼け野原と化し、多くの尊い命が失われた。死者約10万人・焼失家屋約27万戸という、第二次大戦で
最大級の被害であった。記念日は平和国家日本の首都として、戦争の惨禍を再び繰り返さないことを誓い
制定された。
4月
4月3日 神武天皇祭
旧祝祭日の大祭日の一つ。初代天皇である神武天皇の崩御日にあたるこの日に毎年行われ、神武天皇の天
皇霊を祭る皇室の祭祀。宮中の皇霊殿と神武天皇陵に治定される奈良県橿原市の畝傍山東北陵で儀式が行
われる。1874年(明治7年)から1948年(昭和23年)まで祝祭日(休日)であった。
4月5日 小笠原返還記念日
1968年(昭和43年)のこの日、第二次大戦後アメリカの施政下に置かれていた小笠原諸島を日本に返還
する協定が締結された。同年6月26日に協定が発効し、日本に返還された。
4月26日 海上自衛隊の日
海上自衛隊が2013年(平成25年)に制定。1952年(昭和27年)のこの日、海上自衛隊の前身である海上
警備隊が創設された。この日は海上自衛隊の歴史と伝統を考える日である。
4月28日 主権回復の日・サンフランシスコ平和条約発効記念日
1952年(昭和27年)のこの日、前年9月8日に調印された「日本との平和条約」(サンフランシスコ平和
条約)が発効し、日本の主権が回復した。調印はアメリカ・サンフランシスコでソ連、チェコ、ポーラン
ドを除くアメリカ合衆国をはじめとする49の連合国と日本との間で結ばれ、戦争状態を終結させるための
平和条約であった。調印が行われた1951年(昭和26年)9月8日、日本国とアメリカ合衆国との間の安全
保障条約も調印された。
5月
5月1日 「令和」改元の日
新しい元号「令和(れいわ)」が始まった日。「令和」は「平成」の後。「大化」以降248番目の元号で
ある。今上陛下である第126代天皇・徳仁(なるひと)親王が即位した2019年(令和元年)5月1日から現
在に至る。元号の「令和」は、日本に現存している和歌集の中で最古で、奈良時代末期に成立したとされ
る「万葉集」から引用された。
5月15日 沖縄本土復帰記念日
1971年(昭和46年)6月17日に宇宙中継によって東京とワシントンで結ばれた「沖縄返還協定」が、1972
年(昭和47年)5月15日午前零時をもって発効し、第二次世界大戦以来、27年間アメリカの統治下にあっ
た沖縄県が日本に復帰した。
5月27日 海軍記念日・日本海海戦の日
1905年(明治38年)のこの日、日露戦争の日本海海戦において東郷平八郎(とうごう へいはちろう、
1848~1934年)が率いる日本海軍連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を撃滅し、日本が歴史的な大勝
利を収めた。1945年(昭和20年)を最後に、日本の太平洋戦争敗戦により第二次世界大戦後に廃止され
た。
6月
6月19日 元号の日
645年(大化元年)のこの日、蘇我氏を倒した中大兄皇子(後の天智天皇)が、日本初の元号「大化」を
制定した。以来、現在の「令和」まで248の元号が定められている。元号「令和」は第126代天皇・徳仁
(なるひと)が即位した2019年(令和元年)5月1日から現在に
至る。
6月23日 沖縄慰霊の日
1945年(昭和20年)のこの日、アメリカ軍の沖縄本島上陸によって4月1日に本格的に開始された太平洋
戦争の沖縄戦が終結した。沖縄守備隊による80日余の激戦の末、この日6月23日に守備隊の司令官・牛島
満(うしじま みつる、1887~1945年)大将らが自決して日本軍の組織的戦闘は終わった。住民を中心に
およそ20万人もの犠牲者を出した。沖縄戦終結のこの日を沖縄県が「慰霊の日」と決め、1961年(昭和
36年)にアメリカ施政下で「住民の祝祭日」に制定した。1972年(昭和47年)の本土復帰後は日本の法
律が適用となり、休日としての法的根拠を失ったが、1991年(平成3年)に沖縄県の条例で休日と定め、
再び休日となった。
7月
7月1日 国民安全の日
1960年(昭和35年)5月の総理府(現:内閣府)の閣議で制定。産業災害・交通事故・火災などの災害防
止をはかることが目的。労働災害や職業病が社会問題化したことから労働省(現:厚生労働省)の主唱で
1928年(昭和3年)から7月1日~7日を「全国安全週間」として職場の安全を訴えていたため、その初日
の7月1日が「国民安全の日」となった。
7月30日 「大正」改元の日
1912年(明治45年/大正元年)のこの日、明治天皇が崩御され、皇太子であった嘉仁(よしひと)親王
が新天皇に即位された。これと共に新しい元号「大正」が制定された。「大正」の由来は、中国儒教の経
典である『易経』彖伝・臨卦の「大亨以正、天之道也」(大いに亨(とほ)りて以て正しきは、天の道な
り)から。「政(まつりごと)を執り行なう人が、民の意見・言葉を喜んで聞き入れるならば、政は正し
く行なわれる」という意味である。
8月
8月6日 広島平和記念日(広島原爆忌)
1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍のB29爆撃機エノラ・ゲイが、広島市上空約9600メ
ートルで世界初の原子爆弾リトルボーイを投下し、上空約600メートルで爆発した。広島市街は壊滅し、
放射線による急性障害が一応おさまった1945年12月末までに約14万人が死亡したと推計されている。当
時の広島市の人口は約35万であった。この歴史的悲劇から人類は目をそむけることなく、犠牲となった多
くの人々の霊を慰め、世界平和を祈る日として広島市では「平和記念日」とし、この日に原爆慰霊碑の前
で「平和記念式典」が行われる。
8月9日 ながさき平和の日(長崎原爆忌)
1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、アメリカ軍のB29爆撃機ボックス・カーが原子爆弾ファットマ
ンを投下し、長崎市松山町の500メートル上空で爆発した。広島に次いで史上2番目の原子爆弾で、当時の
長崎市の推定人口24万人のうち約7万4千人の市民が死亡した。また、建物は約36%が全焼または全半壊
した。2020年(令和2年)8月9日時点で、長崎で被爆して亡くなった人たちを記した原爆死没者名簿の登
載者数は18万5982人となっている。原爆投下から50年を迎えた1995年(平成7年)に、長崎市ではこの日
8月9日を「ながさき平和の日」に制定したという情報もあるが、一般的にこの日は「長崎原爆の日」と呼
ばれることが多い。
8月15日 戦没者を追悼し平和を祈念する日・大東亜戦争敗戦の日
1945年(昭和20年)8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾し、翌15日の正午に昭和天皇による玉音放
送によって日本が無条件降伏したことが国民に伝えられ、第二次世界大戦が終結した。昭和天皇がラジオ
で国民に向けて話すのは初めてのことで、玉音放送(ぎょくおんほうそう)は国民が初めて聞く昭和天皇
の肉声であった。内務省の発表によれば、戦死者は約212万人、空襲による死者は約24万人であった。
1963年(昭和38年)から毎年、政府主催による「全国戦没者追悼式」が行われ、正午から1分間、黙祷が
捧げられる。この追悼式は第二次世界大戦の日本人戦没者に対して宗教的に中立な形で行われる。1982年
(昭和57年)4月の閣議決定により「戦没者を追悼し平和を祈念する日」となった。この日は一般的に
「終戦の日」と呼ばれることも多い。小学校・中学校の社会科教科書の多くは、8月15日を「終戦の日」
と記している。
9月
9月1日 防災の日
1923年(大正12年)の9月1日午前11時58分、関東大震災が発生した。関東地方をマグニチュード7.9の大
地震が襲い、死者・行方不明者10万5000人、家屋全半壊25万戸、焼失家屋21万戸という大災害となっ
た。
9月8日 「明治」改元の日
1867年(慶応3年)1月9日に践祚(せんそ;天皇の地位を受け継ぐこと)した睦仁(むつひと)親王が
1868年(慶応4年/明治元年)8月27日に即位式をあげ、この日に「明治」と改元された。この時から新
天皇の即位時に改元し、天皇の在位中には元号を変えないという「一世一元の制」が定められた。
9月18日 「満州事変」勃発記念日
1931年(昭和6年)のこの日、中国の奉天付近の柳条湖で日本と中国の国民政府が衝突して「満州事変」
が始まった。関東軍(満州駐留の大日本帝国陸軍の軍)による満州(現:中国東北部)全土の占領はわず
か5ヵ月の間で軍事的にはまれに見る成功を収めた。その後、1933年(昭和8年)5月31日の塘沽(とう
こ)協定成立に至った。
10月
10月17日 神嘗祭( 年中行事)
神嘗祭(かんなめさい)とは、宮中祭祀の一つで、五穀豊穣の感謝祭にあたり、天皇がその年の新穂を天
照大神に奉納する儀式が行われる。また、伊勢神宮でも儀式が行われ、皇室から勅使が遣わされる。祝祭
日の一つで、秋の季語でもある。
10月30日 教育勅語発布の日
1890年(明治23年)のこの日、「教育ニ關スル勅語」(教育勅語)が発布された。明治天皇が内閣総理
大臣・山縣有朋と文部大臣・芳川顕正に対し、教育に関して与えた勅語。以後の大日本帝国において、政
府の教育方針を示す文書となった。
11月
11月1日 自衛隊記念日
1966年(昭和41年)に制定。1954年(昭和29年)7月1日、「防衛庁設置法」「自衛隊法」が施行され、
防衛庁・自衛隊が発足した。これを記念したものだったが、7月~10月は災害での出動が予想されたた
め、天候が安定する11月1日を記念日とした。
11月5日 津波防災の日
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災を受けて同年6月に制定された「津波対策の推進に関する法
律」にて制定。日付は1854年(嘉永7年)のこの日に発生した安政南海地震に由来する。
12月
12月8日 大東亜 (太平洋)戦争開戦記念日
1941年(昭和16年)12月8日午前3時19分(現地時間7日午前7時49分)、日本軍がハワイ・オアフ島・真
珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、3年6ヵ月に及ぶ大東亜戦争・対米英戦(太平洋戦争)が勃発した。
この日は「太平洋戦争開戦記念日」のほか、「太平洋戦争開戦日」や「対米英開戦記念日」などとされ
る。
12月25日 「昭和」改元の日
1926年(大正15年/昭和元年)のこの日、大正天皇が崩御され、皇太子であった裕仁(ひろひと)親王
が新天皇に即位された。これと共に新しい元号「昭和」が制定された。「昭和」の由来は、中国最古の歴
史書『書経』にある「百姓昭明、協和萬邦」(百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和
す)という一行から上下一文字ずつ取ったもの。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味であ
る。
雑学ネタ帳。今日は日より抜粋。https://zatsuneta.com/